Girl! Girl! Girl! 第五章


<第五章 天望の苑 開幕編>


「吉継。来たぞ!」

夕暮れ時が空に紺と橙のグラデーションを描く頃、地上には無数の人工の星々の煌めきが描き出される。
その光景を一際高見から眺め降ろす展望レストラン。そこに現れた待ち人は、白い陶器のような滑らかな頬に微かな薔薇色を浮かべていた。平時は「怜悧」と評される美貌に余人に見せぬ可憐な笑みが彩りを添える。その可愛らしい笑顔に大谷吉継は頬を思い切り緩ませた。

「今日は、招待してくれてありがとう、吉継。これ……大したものではないが、受け取ってくれ」
「ありがとう、三成。嬉しいよ。それに左近さんも……」

三成から差し出された大きなピンクのバラの花束を受け取りつつ、吉継は左近に営業用の笑顔を向けて右手を差し出す。その手を左近が握り替えした瞬間、左近が挨拶を口に上らせる前に吉継がにこやかに身を寄せて先制を期した。

「よく来やがりましたね。このセクハラ大筒」
「いきなりそう出ますか、あんた。ええ、来やがってやりましたよ。この小姑が……。何せ三成さんがせっかく誘ってくださったんですから当然でしょう」
「ははは、わざわざ会社を休んでこられるなんて、案外お暇なんですね。左近さん。クビ大丈夫ですか?」
「いえいえ、ご心配はいりませんよ。うちの会社のモットーは、優秀な社員には有意義な休暇をなんでね。なんなら1、2週間ほど三成さんとふたりきりで海外にバカンスにでも行ってきましょうか?」

三成に聞こえないようにドス低く交わされる心温まる挨拶。口元は微笑みを称えつつ、互いの視線に殺気と火花がふんだんに含まれる。ついで、交わされる握手は、指先の皮膚が酸欠を訴えるほどに固く固く結ばれる。
といった軽い応酬があったところで、女性店員の「お席にご案内致します」の声で第一ラウンドは終了。同時に解放された手を目立たぬよう、そっと撫でているところをみると、第一ラウンドは引き分けといったところだろう。
痺れる手先に血が巡ってきた頃、三成が左近の袖を引いた。

「左近。随分と吉継と仲がいいのだな。何を話していたんだ?」
「アハハハ。あぁ、まあ、三成さんをよろしくとね」

この因縁渦巻くやり取りなど露ほども知らない三成の無邪気な笑顔に左近は微苦笑を返した。



レストランのエントランスから店の奥へと案内をされる。
右手に暮れゆく夜景を望みながら、エントランスから伸びる廊下を進む。円形のホールに添うよう緩やかな曲線を描く廊下はテラスのように中空からレストランの会場を左手に見下ろしていた。
そのテラスに三成たちが現れた瞬間、階下のホールから小さなざわめきが細波のように起こり視線が一気に集中する。

「さあ、三成。手を……」
「ありがとう、吉継」
「え? ちょ……」

姫をエスコートする騎士の如くに吉継が三成の白い手を取り、ホールへ続く階段を降りる。三成も自然とその手を取り吉継と連れだって階段を降りる。余りに自然なその動作に左近が割って入るタイミングを逸した時、会場のあちらこちらから「きゃあ」とか「いやぁん」といった類の小さな悲鳴が湧き上がる。
自分の役目をかすめ取られたと不快感を感じる以前に、その黄色い悲鳴に既視感を感じて左近はホールを眺め降ろす。階下には、本日招待された「マ・シェリー・アンジュ」の常連客が、三成と吉継の姿に熱の籠もった眼差しを送っていた。
その会場の雰囲気に左近は、確信した。間違いない。このディナーは、三成のアルバイトから開始された一連の事柄の延長線上のものだ。
それならば―――――

「さてさて、それじゃ、例の幸運の女神様がこの会場にいるはずですね」

投げられたカードを手中に収めるべくできる限りの手は打った。後は最後の一手を詰めるだけ。この会場に隠れている幸運の女神を捕まえれば吉継に対して優位に立てるかもしれない。だが、まだ余談は禁物だ。左近はニヤリと歪めた口元を引き締めて三成たちの後を追って足を踏み出した。



「大谷さん。ひとつお伺いしたいんですがね……」

眼下には、イルミネーションに輝く大通り。その先にはこの街のシンボルのタワーが虹色の光を纏う。一際、夜景が映える特等席に案内をされた時、左近が吉継にそっと耳打つ。

「これって常連客を招待した食事会ですよね」
「そうだ。ケーキ店という店の性質上、少しばかり女性が多いのは致し方ない」
「少しばかりってどこがですか。おかしくないですか、この男女比率。というか、男は三成さんと俺とあんただけじゃないですか。ホテルの従業員すら全員女性ってどういうことですか?」

そう云って左近は周囲に視線を走らす。会場を丹念に見回す左近の眉が疑念に微かに寄る。

「流石に目敏いな、大筒。好みの女性でもいたか」
「いませんよ、そんなの。既に、好みの美人は目に前にいますよ。じゃなくて、チケットには『大切な人と』とありましたが?」
「大切な人が男性や恋人と限ったわけではないし、恋人と来いというルールがある訳じゃない。会場に集まったのが、女性ばかりになってもなんら不思議ではないというわけだ」
「相変わらず屁理屈捏ねるのが得意ですね。その捻くれた口は……」
「だが、理屈は理屈だ。なにか問題でも?」

左近の疑問を澄まし顔でサラリとかわす吉継。例の「ル・ジュール・ド・アンジュ」の会員のことやグッズ販売の件は左近に明かすつもりはないようだ。
このディナーの真意を問い質すにしても、必要な一手はこの会場のどこか。なら、無理に押し通しても意味がないし、自分が何かに感づいていることを悟られる危険がある。

「いいえ。まあ、少し不思議に思っただけですよ」

左近は眉尻を下げて笑顔を取り繕う。

「じゃあ、ディナー。楽しみにしていますよ」

さあ、お楽しみの時間といきましょうかね。





2008/05/17